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大阪地方裁判所 昭和57年(ワ)5956号 判決 1985年9月27日

大阪市<以下省略>

原告

右訴訟代理人弁護士

戸谷茂樹

東垣内清

永岡昇司

出田健一

東京都渋谷区<以下省略>

被告

第一商品株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

福原道雄

肥沼太郎

竹村昭郎

右訴訟復代理人弁護士

服部廣志

主文

被告は原告に対し金三八七五万円及びこれに対する昭和五七年八月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その二を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。

この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

一  当事者の求めた裁判

1  原告

被告は原告に対し金六七二五万円及びこれに対する昭和五七年八月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告の負担とする、との判決並びに仮執行の宣言

2  被告

原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする、との判決

二  原告の請求原因

1  被告は大阪穀物取引所及び大阪砂糖取引所所属の商品取引員であるが、被告の登録外務員で被告大阪支店次長(昭和五七年一月からは同支店長)のBは、昭和五六年一〇月中頃原告に対し先物取引の被告への委託を勧誘した。これに対し原告は、同年七月から一〇月にかけて北辰商品株式会社に委託した先物取引によって約三〇〇〇万円の損失を被ったことを理由に、当初は右勧誘に応じなかったが、Bが被告を通して取引をすれば右損失は容易に取り返せるといって利益保証ないし元本保証を約したので、これに応ずることにし、同年一〇月一九日小豆の先物取引を被告に委託した。

2  原告は個々の売買についてはBに一任することにして取引を開始したが、Bは原告から多額の証拠金を徴するため、同月二九日「北辰商品での損失金額、責任をもって商いします」と記載した同人の名刺(以下「本件名刺」という。)を原告に交付し、これによって原告から証拠金を徴し、また同年一一月下旬約一〇〇〇万円の損金計上の事実を原告から指摘されるや、同月二八日「一時的に損失が出ておりますが、証拠金を入れて頂くうえは責任を持って取引します」と記載した覚え書と題する書面(以下「覚書」という。)を差入れて原告に更なる取引を持ちかけた上、追加証拠金を頂けさせ、更に、昭和五七年一月一一日先に絶対に処分しないとの約束で原告が証拠金代用に預けていた株券を売却して証拠金に充てることの承諾を求めるに際し、これを渋る原告に「委託証拠金としてお預り致しております証拠金、元本、保証致します。万一損失された場合、Bが勝手に商いした、自分は一切知らないという事にしてください」と記載し誓約書と題する書面(以下「誓約書」という。)を差入れてその承諾を得、売却した株券の代金を追加証拠金に充てさせた。

Bは、これらの書面によっても原告に対し被告に委託している先物取引につき利益保証ないしは少なくとも元本保証をしたものであり、特に誓約書の前段の文言は既に預かっている証拠金は勿論今後預けることになる証拠金についても保証することを示している。なお、誓約書後段の文言は株券の処分が家族に知られたら困るとの原告の不安解消のためにBが書入れたものであり、原告の要求によるものではない。

3  このようにして原告はBを通じ被告に六一二五万円(被告から原告に支払われた金員を控除した残額)を証拠金として預託することにより先物取引を行った結果、右金額を超える立替清算金及び手数料を被告に支払わねばならないことになり、少なくとも六一二五万円の損害を被った。

4  商品取引員の外務員が顧客に対し利益保証や元本保証をして商品取引の委託を勧誘することは商品取引所法九四条二号によって禁止されており、Bの前記所為は原告に対する不法行為を構成するところ、原告の右損害はBが被告の事業の執行に付き原告に加えたものであるから、被告は原告に対し右損害を賠償すべき責任がある。

また、原告は本訴追行を原告代理人に委託したが、弁護士費用のうち六〇〇万円は右不法行為と相当因果関係があり、被告が負担すべきものである。

5  よって、原告は被告に対し不法行為(使用者責任)による損害賠償請求権に基づき六七二五万円及びこれに対する訴状送達日の翌日である昭和五七年八月一〇日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

三  請求原因に対する被告の認否及び反論

1  請求原因1の事実のうち被告及びBの地位、Bの勧誘により原告が被告に先物取引を委託したことは認めるが、その余は知らない。

2  同2の事実のうち、原告の右取引によって昭和五六年一一月下旬約一〇〇〇万円の損金が生じ、その後追加証拠金が差入れられたことは認めるが、原告がBに売買を一任していたこと、Bが原告に対し利益保証ないし元本保証をしたことは否認し、その余の事実は知らない。

3  同3の事実のうち原告が被告に預託した証拠金の残額が六一二五万円であること、原告がこれを超える立替清算金及び手数料を被告に支払う義務があることは認めるが、その余は争う。

4  同4の事実は争う。

5  仮にBが請求原因2記載の各書面を作成したとしても、本件名刺は、原告が北辰商品に委託した先物取引の結果被った多額の損失を被告との新たな取引により取り戻そうとの委託者と業者の取引開始に当っての心意気を記載したものにすぎず、覚書は、予測どおりの相場の展開がなく取引損が生じたので、双方協議の上更に証拠金の差入れを受け今度こそは原告が利益を得るよう努力する旨誓ったものにすぎず、いずれも利益保証を約したものではない。また誓約書は前段に証拠金、元本を保証する旨記載しているが、これに続く後段は、もし取引損を生じた場合でもBの無断売買を主張して被告から証拠金を取り戻せばよいとの意味であるから、むしろ全体としては原告がBと共謀の上証拠金の一切を被告から不当に取り戻すことを意図したものと解され、右同様Bが利益保証ないし元本保証を約した書面ではない。また原告は商品先物取引経験者であり、商品取引員が利益保証ないし元本保証をして顧客を勧誘してはならないことを知っていたから、右各書面の趣旨を利益保証ないし元本保証と信じたとは考えられない。

四  被告の抗弁

1  仮にBが原告に利益保証ないし元本保証を約したとしても、原告は株式売買や商品先物取引の経験者であり、本件取引の投機性について深い認識を有していたから、Bの行為が違法行為であることを知っていた。原告が右事実を知らなかったとしても、被告から交付されていた取引関係書類等を一読するか電話で被告に問い合せればBの行為が違法であることを容易に知りえたのであるから、これを怠った原告には右事実を知らなかったことにつき重大な過失がある。

2  よって、Bの権限濫用行為が外形上被告の事業の範囲に属すると認められても、原告は被告に対し使用者責任を問うことはできない。

五  抗弁に対する原告の認否

争う。

六  証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  被告が大阪穀物取引所及び大阪砂糖取引所所属の商品取引員であること、Bが昭和五六年一二月までは被告の大阪支店次長、同五七年一月からは同支店長の地位にある登録外務員であったこと、原告がBの勧誘を受け被告に委託した先物取引によって昭和五六年一一月下旬約一〇〇〇万円の損金が生じその後追加証拠金が差入れられたこと、原告が被告に預託した証拠金の残額が六一二五万円であり、原告がこれを超える立替清算金及び手数料を被告に支払う義務があることは、当事者間に争いがない。

二  成立に争いのない甲第三〇、第三三、三四、第三六、第三九号証、第七四ないし第七六号証、第七八号証、第八四ないし第八六号証、第九八、九九号証、乙第一ないし第九号証、第一〇号証の一ないし六、第一一ないし第一一五号証、第一二一、第一二三号証、乙第一二五ないし第一二七号証(甲第八五、第七五、六号証と同じ)証人Bの証言により真正に成立したと認められる甲第一、二号証、原本の存在については当事者間に争いがなく同証人の証言により真正に成立したと認められる甲第三号証、証人Bの証言、原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

1  原告(大正一二年○月○日生)は従業員一〇数名を雇傭しているa印刷株式会社の代表者であるが、資産株として保有するため若干の株式を購入したことはあったものの投機的な株式売買ないし商品先物取引の経験はなかったところ、昭和五六年七月北辰商品株式会社外務員の執拗な勧誘を断わり切れず、証拠金を出捐して先物取引を同社に委託した。原告は先物取引の仕組をよく理解できていないまま、同社に合計約三〇〇〇万円の証拠金を預託し、外務員が電話で勧める売買を承諾していたが、損失が嵩む一方であったので、同年九月初め同社に照会して約二〇〇〇万円の残証拠金があることを確認の上清算を申し入れたにも拘らずこれを引き延ばされ、同月中旬には更に損失が生じた旨の報告を同社から受け、一向に残証拠金返却手続がとられないので、北辰商品に強い不信感を抱くに至っていた。

2  同月中旬かつて北辰商品に勤務したことがある被告従業員Cが原告を訪ね、北辰商品のやり方を非難して被告への先物取引委託を勧め、次いで同人に同伴されてきた被告の大阪支店次長であるBも、被告は北辰商品と異なりコンピューターによる豊富な情報を有するので、北辰商品での損失は必ず取り戻してみせると約束して原告を勧誘した。原告はBから二、三回勧誘されるうちに半信半疑のまま被告に委託してみようとの気持になり、昭和五六年一〇月一九日同人に証拠金として六五万円を交付して先物取引を委託し、その際受託契約準則や商品取引委託のしおりと題する説明書を受領した。顧客と商品取引員の基本契約ともいうべき受託契約準則の二七条には商品取引員又はその使用人の受託についての禁止事項が定められており、その二号には「顧客に対し、損失の全部もしくは一部を負担することを約しまたは利益を保証して、その委託を勧誘すること」があげられており、商品取引委託のしおりの九頁には売買取引に係る禁止事項として「取引員が売買取引について、利益を保証したり『絶対に損をさせないから』とか『これこれこういう理由で必ず儲かる』などといって勧誘すること」があげられているが、原告は右各書面に目を通すことはせず、Bも原告に口頭で右禁止事項を告げなかった。

3  原告は、Bが翌二〇日と二二日の二回にわたり各一〇万円余を益金として持参したことから次第に同人を信用するようになり、また同人の助言によって北辰商品との関係を清算し残証拠金五〇〇万円の返還を受けることができたので、同月二三日右金員をも被告への証拠金に充てた。

原告は北辰商品に委託した取引によって多額の損失を被った経験から、先物取引の内容、証拠金の趣旨等はおぼろげながら理解していたものの、売りから入ることができるという先物取引の特質については今一つ理解が不十分のまま、Bが電話で売買の注文につき了承を求めてくるのに対してその都度応答していたが、原告から異議を述べたり自ら指示をすることは一度もなかった。また取引の当初頃、被告から送付されてくる「委託売付・買付報告書および計算書」の見方がよくわからなかったので、被告会社を訪問して説明を求めようとしたところ、Bの上司であるD西部営業部長から「そのような書類を見ても大勢に影響ないからBを信用して任せなさい」と言われ、以後原告は被告から送られてくる封筒を開封することもしなかった。

4  ところで、被告会社では各支店の成績は取扱手数料よりも顧客から獲得した証拠金の多寡によって査定されるだけでなく、支店ごとに証拠金の目標額が課せられていたため、Bも大阪支店次長としての立場上証拠金の獲得に躍起となっていて、これまでにも顧客に対し元金を保証する趣旨の書面を差入れて証拠金を提供させたことがあり、顧客との間で紛議を生じたこともあったところ、同人は昭和五六年一〇月の獲得証拠金が目標に不足していたために同月二九日夜原告を訪ねて証拠金の差入れを頼んだが、原告がこれを渋ったので、北辰商品での損失は必ず取戻してみせるから心配ないと説明し、その裏付けとして本件名刺を書いて原告に交付することによりやっと原告から四〇〇万円の出捐を受けた。なお、Bは本件名刺の文言につき後日紛争にならないようにと考えて、あいまいな表現をとることにした。

原告は翌一一月にも二日に四〇〇万円、一四日に二〇〇万円の証拠金を差入れたが、Bは同月分の目標達成も覚束無かったので、原告からの証拠金を当てにしていたところ、月末になって原告から受託した小豆取引により一〇〇〇万円余の損失が計上されるに至ったため、現実にも原告から証拠金を提供させる必要を生じた。そこで、Bは同年一一月二八日原告を訪ね、現在少し損失が出ているがいずれ取り戻すから追加証拠金を入れてほしい旨申し入れ、約束が違うと言って渋る原告に対し今追加証拠金が入らないと北辰商品での損失が取り戻せなくなってしまうと説得し、その場で覚書を作成交付したので、原告は後日現金と引換える約束で一〇〇〇万円の小切手を振出してBに渡した。なお、Bは覚書の文言を前回同様の思惑からあいまいな表現にした。

5  原告は右小切手と引換えるべき現金が一五〇万円しか用意できなかったため、Bの強い要請に抗しきれず、家族にも相談することなく同年一二月八日から同月一五日にかけて資産株として保有していた近鉄等八銘柄の株券(時価合計約二〇〇〇万円相当)を証拠金代用証券として被告に預けて右小切手の返還を受けたが、これらの株券は取扱上証拠金としては時価の約七割である一三八五万二六〇〇円と評価された。

Bは同年一二月分の目標達成のために同月二一日原告から証拠金六〇〇万円の入金があった旨の架空伝票を切ったほか、同月二六日には原告から二二〇万円しか受取っていないのに証拠金七二〇万円の入金があった旨の架空伝票を切っていたので、早急にこの穴埋めをする必要に迫られ、前記株券を売却すれば時価の三割相当の証拠金が増加することから、昭和五七年一月一一日夕原告を訪ね右株券の売却を執拗に勧めた。原告は株券の売却が家族に知られると自分の立場がなくなると言って売却をどうしても承諾しないので、Bは自分はこの一月に支店長に昇進したから今度こそ絶対に損をさせることはなく、株券は一か月位で買戻せるから心配ない、支店長の自分が元金保証の一筆を書くから大丈夫だ、それでも心配なら損失の場合は自分が無断で取引をしたということにして家族に説明すればよいと言って、その場で誓約書を作成交付したので、原告は株券の売却を承諾するに至った。そこで右株券は同月一三日被告によりすべて売却の上、その代金一九七七万〇一〇七円から代用証券としての評価額を差引いた五九一万七五〇七円が証拠金に充当され、原告はその後もBを信用して証拠金を差入れ、取引を同人に任せていた。

6  Bはその後一女性顧客にも証拠金代用証券として預っていた株券を売却する承諾を得るべく元本保証を約した書面を交付していたが、同女から同年五月初め大阪穀物取引所に紛議調停の申立てがなされたことから右書面の存在が被告に発覚し、Bは自宅謹慎を命じられた(その後同月三一日Bは解雇された。)。

そこで、Bの職務を引き継ぐことになったDが同月六日原告に電話でその旨を伝えると共に、原告が前年一二月二六日証拠金代用証券として被告に預けた住友貸付信託証券二四七口(評価額一七二万九〇〇〇円)を処分して差額を証拠金に充当するよう要求した。原告は右要求に不服を唱え、これまでBに安心して任せていたのに証拠金がかさむ一方だと不満を述べたのに対し、Dから被告としては同人の行為の責任をとれないと言われたので、同人に一筆書いてもらっていることを伝え、同日夕原告の自宅を訪ねてきたDに誓約書を見せた上、そのコピーを交付した。このようにして誓約書差入れの事実が被告に発覚するに至った。

被告の専務取締役Eと常務取締役Fは、翌七日被告会社を訪れた原告に対し、誓約書後段の文言は原告が被告から損失を取戻すべくBと口裏を合わせようというもので、原告とBを被告から金員を脅し取ろうとする犯罪の共犯者として告訴するつもりであるが、誓約書を被告に提出すれば告訴はしないし預かっている証券も返却する旨原告に申し向けた。原告は、自己に何らやましいところはないと思ったものの、告訴されるということに驚き誓約書を提出することを約したが、FがEに対し「これさえ取っておけばこっちのものだ」と言うのを小耳にはさみ不審に思ったので、帰宅後写真製版機械で誓約書のコピーを自己の控えとして作成した上、近くの喫茶店でDにその原本を交付した。二、三日後原告が被告に電話したところやはり原告らを告訴すると言われ、その後も被告に弁償の意思が見られないことから、原告は原告代理人に本訴の提起を依頼するに至った。

7  Bは、本訴提起後被告から背任等で告訴され、昭和五九年三月二三日津地方裁判所において、原告と前記女性顧客に元金保証をした件で懲役一年の実刑判決を受けたが、控訴の結果同年七月一〇日名古屋高等裁判所において懲役一年、執行猶予四年の判決があり、右判決は確定した。

なお、前記女性顧客と被告との間では示談が成立し、昭和五八年一月二六日被告から同女に二〇〇〇万円が支払われている。

8  原告が被告に委託した小豆取引は昭和五六年一〇月一九日から同五七年七月一六日に手仕舞われるまで五七回にわたって行なわれ、原告は四四四八万五六〇〇円の損金を被り、原告が被告に支払うべき手数料は一九六六万七七〇〇円に達した。また、昭和五七年四月二三日に建玉を行ない同月二六日に手仕舞った精糖取引によって原告は手数料差引後一〇万七〇〇〇円の利益を得た。

原告は六一二五万円の証拠金(ただし被告から支払われた金員を控除した残額)を預託していたが(この事実は当事者間に争いがない。)、右取引の結果証拠金は全く返還されないこととなった。

三  右認定の事実中、本件名刺と覚書の内容はいずれも損失を取戻すべく責任をもって取引するという極めてあいまいなもので、その文言だけからすれば、Bが取引に当っての努力目標を設定し、これに対する決意を表明したに止まり、法的に意味を持つ書面と解することは困難であるが、同人が右各書面を差入れた経緯からすると、原告が北辰商品に委託した取引によって被った損失を回復させるため、利益保証か少なくとも元本保証することをその都度口頭で約したものと認められ、従って、書面上の文言だけを根拠にかかる約束はなかったとする被告の主張は失当である。

また、誓約書については、前段の文言からも明らかなようにBが証拠金につき書面上でも元本保証する旨を約したものであるが、誓約書差入れの経緯に鑑みると、ここにいう元本保証とは、差入れの直接の端緒となった株券の売却により得られる時価の三割相当の金員(株券売却後証拠金として預託された五九一万七五〇九円)のみを保証するという意味ではなく、取引の当初に遡って原告が被告に預託してきた証拠金は勿論のこと、今後必要に応じ預託すべき証拠金についてもすべて元本保証するという趣旨に解され、さればこそ原告はその後も少なからぬ金員を証拠金として出捐し続けたものと考えられる。

なお、被告は誓約書後段の文言から、全体としては原告がBと共謀の上証拠金の一切を被告から不当に取り戻すことを意図した書面であり、元本保証の効力が否定される旨主張するが、Bがこの文言を書き入れた経緯は前記認定のとおりであって、同人は株券の売却処分が家族に露見することを懸念して売却を渋る原告に対し、露見した場合には自分の無断取引によって損失を生じたと家族に説明すればよいと言って説得し、その趣旨を自発的に書面化したものであり、同人の内心の意図はともかくとして、原告においてこの文言を根拠に後日被告に対し無断取引を主張しようという意図があったとまでは認定しがたい。

もっとも、乙第一二五ないし第一二七号証によると、前記刑事事件において検察官の取調べを受けたBと原告は誓約書後段の文言につき、Bは損失を生じた場合同人が勝手に商いをしたと主張しこれを取引所や被告会社に持って行けば良いと言って書いたとの供述をしていることが窺われるが、右書証には後段文言について原告自身あまり注意を払っていなかった旨の記載があるだけでなく、成立に争いのない甲第四〇号証及び弁論の全趣旨によれば、検察官は原告代理人が調査不十分のまま当初訴状において主張していた事実関係を参考にして原告らを取調べた形跡があることが認められ(なお、誓約書後段の文言を一読すれば原告と被告との取引は無断取引でないことが直ちに看取され、かかる書面を取引所や被告に提示して無断取引を主張しても一蹴されることが明らかであるから、右供述にあるBの言葉自体大きな矛盾があるといわなければならない。)、いずれにしても右供述をもって原告に被告主張のような不法な意図があったとすることはできない。

四  そこで、不法行為の成否について判断するに、商品取引所法九四条二号は、商品取引員が商品市場における売買取引につき、顧客に対し損失の全部若しくは一部を負担することを約し、又は利益を保証して、その委託を勧誘することを禁止しているが、その趣旨は、一般投資家が先物取引の投機性に対する認識を誤り多額の損失を被ることを防止するために不当な勧誘行為を禁止するというにあるから、同号にいう委託の勧誘とは取引開始時点の勧誘やその後の個別取引の委託の勧誘のみを指すのではなく、委託の担保として必要な証拠金(同法九七条一項)の出捐についての勧誘をも含むものと解され、同法九一条の二第六項本文の規定に照らし、外務員による右不当な勧誘行為も当然禁止されているところである。

そうすると、Bが原告に対し、当初から北辰商品での損失を取り戻してみせると約束して被告への先物取引委託を勧誘し、更に損失の回復や目標額達成のため執拗に証拠金の出捐を懇願し、挙句のはては原告が預託し又は預託すべき証拠金について元本保証を約し、書面まで作成交付したことは、社会通念上外務員の勧誘行為として許容された域を超えた違法な行為であり、原告はBの言動を信じ利益保証、少なくとも元本保証がされているものと考えて次々と多額の証拠金を提供した結果、その返還が不能となるに至ったものであるから、原告はBの少なくとも過失ある右違法行為によって出捐した証拠金相当額の損害を被ったものということができ、Bの右行為は被告の事業の執行についてなされたものと認められるから、被告は使用者責任を負うべきである。

五  次に被告の抗弁につき判断するに、まず被告は、Bの不当勧誘行為が違法であることを原告は知っていた旨主張するが、原告は昭和五六年七月の北辰商品への委託まで先物取引の経験を全く有せず、被告から交付された受託契約準則や委託についての説明書類にも目を通しておらず、Bが違法行為をしているとは夢にも思わなかったことが認められるから、右主張は理由がない。

更に被告は、Bの行為が違法であることを知らなかったことにつき原告には重大な過失がある旨主張する。確かに、先物取引が投機性を有し、これに深く関わったために莫大な損失を被った例はこれまで広く報道され、いわば公知の事実とも言うべきことであり、原告が分別ある年齢で一〇数名の従業員の上に立つ者でありながら、十分な知識も無いまま先物取引に多額の資金を注ぎ込んだことの軽率さは責められてしかるべきであろう。しかしながら、より大きな利殖を求めるのは大衆投資家の常であり、勧誘者の執拗さ、甘言、更には元本保証等を内容とする書面の受領によって原告が正常な判断力を失い、元本が確実に保証されるなら委託してもよいと考えたとしても、これをもっぱら原告の責任とすることはできない。また、顧客が勧誘者による口頭の説明を聞くだけで、交付された説明書類等を実際には読まない例は、勧誘方式による各種契約の締結についてしばしば見られるところである。結局、Bの勧誘行為が執拗でかつ書面を作成交付する等行きすぎたものであることに比べれば、原告が責められるべき程度は低いというべきであって、いまだ原告に重大な過失があったとは評価できず、せいぜい過失相殺として損害賠償額が減額されるに止まるものと考えられる。そして本件に顕れた諸般の事情を考えると、原告につき四割の過失相殺がされてしかるべきであり、従って被告は原告に対し六一二五万円の六割である三六七五万円を支払うべき義務がある。

六  次に、本件訴訟の難易度、請求の認容額その他の事情を勘案すると、原告がその代理人に支払う弁護士費用のうち二〇〇万円は本件不法行為と相当因果関係のある損害として被告に負担させるのが相当である。

七  以上によれば、原告の請求は三八七五万円及びこれに対する訴状送達の翌日であることが記録上明らかな昭和五七年八月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから右範囲でこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 青木敏行 裁判官 古賀寛 裁判官 松田亨)

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